サーム (シャー・ナーメ)

サーム (Sām [sɑːm]、سام、またはSaamとも綴られる)は、古代のペルシア神話に登場する英雄で、長編詩『シャー・ナーメ(王書)』においては重要な登場人物の一人である。ザールの父、そしてロスタムの祖父となる。

『アヴェスター』

サームの名は『アヴェスター』に見られ、英雄クルサースパ(ガルシャースプ)[注釈 1]は彼の家族だとされている[1]

後に成立する『シャー・ナーメ』にもサームが登場するが、そこでのサームと『アヴェスター』でのこのサームとには明確な関係性が認められないという[2]。また、『アヴェスター』にはザールもロスタムも登場しないことから、『シャー・ナーメ』においては作者があえてサームをザール・ロスタムの父・祖父の位置に据えたとも考えられている[3]

『シャー・ナーメ』

『シャー・ナーメ』において、サームはナリーマン(英語版)(ナリーマーン)の息子である[4]。ナリーマン家の一族の勇敢さと思慮深さは広く知られており、人々の尊敬を集め、王家の信任も厚かった[5]。過去にを牛頭の鎚矛の一撃で倒していることから、「必殺のサーム」[6]「一撃のサーム」[7][8]の異名を取っている。

武勲誉れ高き英雄に与えられる「パフラヴァーン」の称号を得ていた[9]サームは、イランフェリドゥーンマヌーチェフル(英語版)(マヌーチフル)そしてナウザル(英語版)の各王に仕えた。王子だったマヌーチェフルがフェリドゥーンの息子を成敗する戦いにも付き従い[10][11]、フェリドゥーンの死後はマヌーチェフルの後見を務めた[10][12]

マヌーチェフルの逝去後、ナウザルの王座は腐敗し堕落したため、イランの戦士達はサームにイランの統治を頼んだ。しかしサームは応じず、あくまでもナウザルを支持し、ナウザルにフェリドゥーンとマヌーチェフルの後を継ぐように勧めた。アルジャースプとザレールの戦った戦争の中で、「サームは最高のメイス使いとされ、そしてアーラシュは最高の射手とされている」と語る。


サームが息子を得た時、赤ん坊の髪も体毛も真っ白であったことから、サームは息子を遠方に捨ててしまった。しかしその息子は、霊鳥スィーモルグによって育てられ、力強い青年となった。息子と再会したサームは自分の過ちを詫び、息子にザールと名付け、自分の支配するザーブリスターン(英語版)を譲った[13][14][15]。そしてザールがザッハークの子孫にあたる女性との結婚を望んだ際は、この結婚を認めようとしないマヌーチェフル王へ手紙を送り、この取りなしもあって王はザールの結婚を許した[16][17][18]

やがてザールの息子ロスタムが生まれると、サームの元にはロスタムを象った人形が送られ、サームを非常に喜ばせた[19][20][21]。そののち、ロスタムの成長を祝う宴にてザールやロスタムらと楽しく過ごした後、サームは間もなくその生涯を終えた[22]

脚注

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注釈

  1. ^ ガルシャースプ(Garshāsp)は、イラン神話において怪物を倒した英雄の名前である。彼の名前のアヴェスター語形は「クルサースパ (Kərəsāspa)」、そして中世ペルシア語では彼の名前は「Kirsāsp」となる。

出典

  1. ^ カーティス,薩摩訳 (2002), p. 45.
  2. ^ カーティス,薩摩訳 (2002), pp. 45, 47.
  3. ^ 黒柳 「解説」『王書 - ペルシア英雄叙事詩』, p. 435.
  4. ^ フィルドゥスィー,黒柳訳 (1969), p. 3.
  5. ^ 岡田 (1982), p. 113.
  6. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), p. 164.
  7. ^ フィルドゥスィー,黒柳訳 (1969), p. 57.
  8. ^ フィルドゥスィー,黒柳訳 (1969), p. 420.(ザールの巻 注34)
  9. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 114, 358.
  10. ^ a b フェルドウスィー,岡田訳 (1999), p. 114.
  11. ^ 岡田 (1982), p. 102.
  12. ^ 岡田 (1982), p. 109.
  13. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 119-134.
  14. ^ フィルドゥスィー,黒柳訳 (1969), pp. 3-13.
  15. ^ 岡田 (1982), pp. 113-128.
  16. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 157-168.
  17. ^ フィルドゥスィー,黒柳訳 (1969), pp. 44-48.
  18. ^ 岡田 (1982), pp. 155-158.
  19. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 186-188.
  20. ^ フィルドゥスィー,黒柳訳 (1969), pp. 61-63.
  21. ^ 岡田 (1982), pp. 167-168.
  22. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 188-193.

参考文献

原典資料

二次資料

  • 岡田恵美子『ペルシアの神話 - 光と闇のたたかい』筑摩書房〈世界の神話 5〉、1982年8月。ISBN 978-4-480-32905-9。 
  • カーティス, ヴェスタ・サーコーシュ『ペルシャの神話』薩摩竜郎訳、丸善〈丸善ブックス 096〉、2002年2月。ISBN 978-4-621-06096-4。 

関連項目

  • カシャフ川の竜 - サームが過去に戦って倒した竜。マヌーチェフル王宛の手紙の中で自身で言及している

外部リンク

  • 王達の王書 : シャー・ナーメ(英語) - メトロポリタン美術館発行の展示カタログ(PDFとしてオンラインで全体を閲覧できる)。サームに関する資料が掲載されている
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